善いことをする動機に関するメモ

 人が善いこと、典型的には自分に金銭等の明白なメリットがないにもかかわらず困っている人を助けるなどといった行為をするのはなぜだろうか。最も素朴に考えれば、その人が利他的な博愛精神の持ち主だからだろう。一方で、他人のためになる行為も、それを行った人に名声や達成感など何らかのメリットをもたらすのであり、したがってあらゆる行為は本質的に利己的な動機から行われているとも考えられる。実際、私も過去の記事では後者のような見方を書いていた。

 

sansdeux.hatenablog.com

 

 

(2つめの記事への感想)

 

 しかし、上記の記事にも疑問として記した通り、一般的に社会では(素朴な意味で)利他的な行為をする人間のほうが好まれる。こうした行為の動機と行為の価値との関係について、児玉聡『実践・倫理学 現代の問題を考えるために』の第8章「善いことをする動機」を読んで認識が深まるところがあったので、印象に残った部分をメモしておく*1

 

 冒頭に、2014年に韓国で発生したセウォル号の沈没事故の例が挙げられる。この事故の際、沈没直前に客室乗務員が無線で操舵室に指示を仰いでいたが、操舵室の乗員は無視し続け、さらに船長は救命措置をとらずに先に脱出していた。一方、ある乗務員は「乗務員の退避は最後。みんなを助けた後に私も行くから。」と言って最後まで乗客の救助を行い、最終的に船が沈没したのちに遺体で発見されたという。

 この例において、逃げ出した乗員や船長と、救助にあたった乗務員が道徳的に同等であるとはいえないだろう。第一に、救助に当たった乗務員は、乗客を助けるべきであるという純粋に利他的な動機から行動した可能性も十分にある。第二に、仮にその乗務員がある種の利己的な動機(たとえば、自分が生き残った後に死んだ乗客を思い出すと気分が悪い)から救助に当たっていたとしても、救助にあたっていたのであればそれだけで逃げ出すより優れた行いをしたといえるだろう。(この点に納得できない方は、次のことを考えてほしい。事故の後、船長には殺人罪が適用され無期懲役の刑が下った。もし最後まで救助に当たった乗員が、その後たまたま生還した場合、無期懲役の刑に類似するレベルの非難を加えるべきだろうか)。

 

 前段落で使用した「ある種の利己的な動機」についても、面白い指摘がなされている。

(1)夜中に眠くなり、試験範囲を全て復習することなく寝た。

(2)夜中に眠くなったが、試験範囲を全て復習してから寝た。

 この二つの事例では、ふつう(2)のほうが高く評価されるだろう。(1)は自分の寝たいという気持ちに従って寝たのであり、(2)のほうは試験で高い点数をとりたいという気持ちから復習を終えたのだから、どちらも自分のやりたいことをしているとは言える。しかし、寝たいという欲求は単純な私的・生理的欲求にすぎないのに対し、試験で高い点をとりたいという欲求は高い点をとるべきだという規範的な判断に基づいている。そして、一般的に我々は、そうした規範性にもとづく判断に対して高い道徳的価値を認めている(セウォル号の例で言えば、「自分が助かりたい」という欲求と「乗客を助けたい」「助けるべきだ」という欲求・判断がこれに当たるだろう)。(なぜそのような判断がなされているかについては何も書かれていないが、私見では行為者以外の者の利益につながる行為に高い規範性を与えることが、社会全体の効用増進につながるからではないかと素朴ながら考えている)。

 

 まとめると

①利他的な行為は純粋に利他的な動機から行われている可能性もある

②仮に利他的な行為がある種の利己的な動機から行われていたとしても、その行為が他者に利益をもたらさない行為より道徳的に価値があることは変わらない。

③我々は単なる私的・生理的欲求に従うことよりも、「~~べきだ」という規範性に基づいた欲求に従うことに高い道徳的価値を見出している。

 

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児玉聡『実践・倫理学』では、ほかにも「死刑」「自殺と安楽死」「喫煙」「ベジタリアニズム」「善いことをする義務」「津波てんでんこ(災害時の倫理)」「道徳と法」について扱っている。私としては、図書館で借りてでもいいので全日本語話者が読むべき本だと思う。ほとんどの人はマスメディア・ソーシャルメディア問わず、メディア上でさまざまな規範的判断を目にしているだろう(べジタリアニズムの議論は最近特に活発化しているような気がする)。そうしたときに、よい論証と悪い論証を見分ける仕方がとてもよくわかるようになる。

*1:以下の文章は、自分で思い出したり説得に使ったりするときに便利なよう、自分の見解を加えつつ手軽に編集したもので、当該章の論旨を忠実に追ったものではない。