さよならメビウスリング

 中学生の頃の一時期、メビウスリング掲示板をやっていた。累計で5つくらいのハンドルネームを使って、自分で立てたものも含めて20くらいのスレッドに入っていたように記憶している。

 

 中でも一番続いていたのが「深い話がしたいです」というスレッドだった。タイトル通り、周りの親や教師や友人などには話しづらい、深刻な疑問や相談をするという趣旨の場だった。私は最初か2番目くらいの投稿者としてそのスレッドに入り、結局ほぼ最後まで残っていた。当時の私には何も生きがいや目標がなく無気力な日々を送っており、友人が1人しかいなかった。その友人もかなり自分とは性格が違っていたので、深刻な話をなんでもかんでもできるわけではなかった。おそらく他のメンバーも似たような事情で、このスレッドには特に助けられていたのだろう。メビウスリングでは多くのスレッドが1,2か月で更新されなくなり、過去ログに放り込まれてしまうのだが、ここは10か月ほど続くことになった。

 

 掲示板を離れてからは長いこと、改めて見直すこともなかった。だが、3年ほど前に中学生向けの学習支援のボランティアを始めて、中学生の頃に何を考えていたのか思い出したくなり、久しぶりに中身を見た。そこでは私が「人間は生きていないほうがいいのではないかと思ってしまう。なぜ人は生きているのですか」というような問いを投げかけていた。それにほかの投稿者がいろいろと返していて、最後に私が「生きてみようと思いました」と返していた。また、ある人が「強さとは何ですか」ということを言っていた。ある人が「群れずに一人でいられることが強さだと思う」と言っていた。私は「自分は人との間に壁を作ってしまうから、そうではなくて人と本気でかかわれる強さを持ちたい」と言っていた。あとは、荒らしが来た時にみんなでムキになって反抗していたときもあった。生硬で臆病で極端で、けれど本質的には今と変わらない私がいて、同じように持て余した自分と戦う仲間がいた。

 

 最後(確か)の投稿は、大震災の直後に、スレ主がほかのメンバーを心配して呼びかけているものだった。それ以降は、私も投稿していなかった。原発が吹き飛んで短縮授業と集団下校が毎日になり、計画停電があって、日常が非日常に変わるにつれて忘れてしまったのだろうか。スレッドを離れた経緯はよく覚えていない。そして、せっかく久しぶりに見られたのだが、その翌年には掲示板自体が閉鎖されてしまい、今ではもう見に行くことができない。

 

 今ではやり取りを見返すこともできないし、当然当時のメンバーはもうどこにいるとも知れない。ただ、ここで自由に言いたいことを語り、何人もの人に受け入れてもらえた経験が、その後の人生で人と関係を築いていくうえでかけがえのない原点になったと思っている。

 

 群れないことが強さだといっていた「あき」は高校生になったら一人で旅に出たいと言っていた。スレ主の「hallohappy」は周りのみんなが子どもすぎると嘆いていた。今、どこで何をしているだろうか。旅には出られただろうか。信頼できる話し相手を見つけることはできただろうか。長く生きるにつれて、日々をうまくやり過ごしていく術も身に着けただろう。それでも、今でもときどき「深い」思いに沈むことがあるだろうか。