宇宙から見た地球

 かつて「宇宙から国境線は見えなかった」と言った宇宙飛行士がいた。確かにそうかもしれない。けれど、宇宙から見れば、戦争や犯罪で人が死んでいたり、飢餓や疫病でたくさんの人が喘いでいたり、肉食獣が草食獣を延々と殺し続けていたりしても、地球は美しい青い球体でしかないだろう。それは地上の一体一体の生物が生きる環境からはかけ離れた視点と言わざるをえないし、一方でわれわれは地上に生きる些末な一体一体の生物でしかありえない。

 われわれ人間は一人ひとりが個体として外界や他の個体と切り離され、暑さ寒さや飢えや渇きや痛みといった感覚を自分だけが感じるものとして持っている。だから自らの苦痛を避けるため、自分のものとして食べ物やその他の資源を確保したり、自分のスペースを作って危険なものを排除したりしている。こうして境界を作って自らを守り他の何かを排除することは、われわれが宇宙から見た全き地球の一欠片などではなく、他の存在から切り離された小さな一個体でしかない限り致し方のないことであるように思う。

 そのような存在でなくなれたらどれほどよいか、と思う。そこでは「私」という自我、そして「私」と「その他」と区別をする認識は失われる。意識や感覚は失われるか、もしくは地球上・宇宙上のすべての存在の意識や感覚と一体になり溶け合ったものとなる。そうなればあらゆる争いや諍いは消滅し、ある者の快楽のために他の者の大きな苦痛を見過ごすという事態もなくなる。最大多数の最大幸福はたやすく実現される*1
 冒頭に挙げた宇宙飛行士も、このような姿を地球に幻視したのではないだろうか。そして、「宇宙から国境線は見えなかった」というその言葉に正しさや美しさを見出したとすれば、あなたもすでにこちら側に片足を踏み入れている。

 

*1:もっともそこに「多数」は存在せず、一にして全である何かが存在するだけなのだが